【山行日】2025年12月17日
【CL】2932【参加者】43名
【コース】12/17新瑞橋駅9:00…9:15瑞穂ラグビー場…9:50あゆちの水…10:10村上神社(おどりやま古墳)…10:30藤成神明社…11:12石仏白山社…11:50蹄鉄屋跡(飯田街道出会)…12:00吹上公園(茶臼山古墳跡)12:40…13:20テレビ塔…14:20名古屋城 東大手門
前日、大陸にあった低気圧がどのような動きをするか心配でしたが、幸いなことに我々の行動時には雨を降らすことはありませんでした。
朝9時、地下鉄新端駅改札口前に集まり出発しました。まず山崎川左岸を歩き瑞穂公園の東側隅にある石碑と井戸の『あゆちの水』に立ち寄りました。石碑には万葉集の一首が刻まれている。「あゆ」とは湧き出るの、意味する古語で、かつて東の高地、東部丘陵から、この辺りに豊富な水が湧きだして、山崎川に注ぎ、瑞穂公園辺りから海に流れていた。古代の愛知県の海岸線は濃尾平野のほとんどが海に沈んでおり長島、津島、枇杷島が島を形成しており、かろうじて熱田、御器所、山崎が半島として陸地を形成していました。この海岸線を『年魚市潟』(あゆちがた)と呼び、愛知の語源となっている。
瑞穂公園の北で山崎川を左右田橋で右岸に渡り、塩付街道に沿って北上すると”おどり山古墳”の上に建っている『村上神社』に辿り着く。さらに塩付街道を辿ると、旧街道に馴染みの松の老木、塩路の馬頭観音、地蔵堂が道沿いに点在しています。市大病院の北東角
に熱田への古道”みや道の石碑”が、塩付街道と交差していたことが確認できます。塩付街道に沿って桜山の大通りを越すと『石仏白山社』に突き当たります。石仏とはこのあたりの地名とのこと。この社も前方後円墳の上に建てられている。創建が不明で菊理姫命(くくりひめのみこと)が祭神です。さらに北上すると車幅が3mにも満たない細い小道になり、西北角の蹄鉄屋跡で飯田街道と交差します。ここから飯田街道起点へ向かいます。この街道にも道の
かたわらに地蔵さんの祠をよく見かけます。その昔、八事の山が整理された時に移設された『三体石仏』もあります。地蔵の顔を覗き込みながら歩いていると吹上公園の欅林中に入り込みました。ここで昼食を取った。40分弱の昼食の後、テレビ塔へ向かいます、JR中央線のガードを潜り、新栄の交差点を対角線方向に横断して、しばらく行くと東新町の交
差点の少し手前で飯田街道の起点を示す平成の道祖神『はじまり童子』を見上げることができました。少し先のテレビ塔下で20分ほど小休止して、久屋大通を通り向け、お城の外堀を渡り、官庁街を通り抜け、名古屋城東大手門跡にたどり着き解散しました。 
改めて郷土名古屋の素晴らしい歴史に誇りを持つことができまし(3847)


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